ナザレンコ・アンドリー:「経済相互依存で国を守れる」と...

ナザレンコ・アンドリー:「経済相互依存で国を守れる」という能天気な人たちに告ぐ!

 「中国と日本は経済相互依存になっているから、日本を侵攻するメリットなんかない」。

 日本で外国の脅威について語る時に、国防を軽視する人からよくこういう反論が返ってくる。

 もちろんこれは理想論にすぎず、現に戦争が起きている国の実例を知っていれば、その発想はいかに現実からかけ離れているかすぐわかる。この記事では、ロシアによるウクライナ侵攻の実例を基に、その理想論の危険性について述べていきたいと思う。

それでもロシアはウクライナを攻めた

 ウクライナは1921年に赤軍に占領されてから、70年にわたってずっとソ連の支配下にあった。当然、ウクライナが再び独立することが想定されていなかったため、ホロドモール政策(※)によってロシア系住民が多くなった東部を中心に工業化が進められ、多くの重要施設が建てられた。「部品はウクライナの工場で作られ、ロシアで組み立てられる」のような生産ラインの在り方も珍しくなかったし、同じソ連だったため当時は共産党に問題視されていなかった。

 そして、ソ連崩壊後でも、こうした相互依存関係が続いていた。代表的な一例を申し上げると、ソ連の最強核ミサイル「R-36」(別名「サタナ」、NATOコードでは「Scarp」)は、ユージュマシュという、ウクライナのドニプロ市にある工場で作られている。ロシア国内にはこのミサイルを生産・維持できる施設がないわけだ。言うまでもないが、ロシアはウクライナに戦争を仕掛けることによって軍事面での協力が完全中止になり、このままでは今後5年間で現在のR-36M戦力の半分は退役することになると予測されている。
※ホロモドール:1932年から1933年にかけてウクライナで起きた人為的な大飢饉

 また、ロシアは国家予算の40%が石油と天然ガスの輸出で成り立っている。ところが、ヨーロッパに輸出するために使われる主なパイプラインは、ウクライナを通っているのだ。そうなると、ヨーロッパへのガス輸送を止めることによってウクライナはロシア国家予算の4分の1ほどを奪うこともできる(実際はメインな味方である欧州を困らせることになるために実施はしていないが)。
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ナザレンコ・アンドリー:「経済相互依存」で国を守れると考える能天気な人たち

R-36ミサイルはウクライナで作られていた
 (余談だが、日本には未だに「ウクライナは無断でガスの抜き取りしていた」や「ウクライナはロシアにガス代を滞納している」という古いデマを信じている人がいるが、このようなロシア・プロパガンダは2018年のストックホルム国際仲裁裁判所の判決によって完全に論破されている。その判決は、ウクライナはロシアにガス代を滞納していないどころか、逆にロシアはウクライナに対して26億ドルを支払わなければならないと定めた。詳しく知りたい方にはこちらのグレンコ氏の記事がお勧め。)
 他の分野でも似たような関係があり、総合的に見ればウクライナとロシアの相互依存は、日中のそれと同等以上だったと言える。にも関わらず、ロシアは迷うことなく侵略戦争を始めた。その結果、両国の貿易は紛争前と比べて3分の1以下までに減少し、僅か3~4年間で相互依存関係が壊れたのだ。

 ウクライナはもはやロシアからガスを輸入しておらず、ロシアと貿易額は全体の7%ほどにすぎなくなった(侵略前は約30%)。そして減少傾向がまだ続いている。以上をもって、どんなに深い経済関係でも戦争を止めることができないと断言できるだろう。

デメリットだらけだったウクライナ侵攻

 では、クリミア半島とウクライナ東部の占領は本当にロシアにメリットをもたらしたのだろうか?地政学的な面から見ても経済的な面から見てもそうとは言い難い。

 ロシアが強奪できた地域は、ウクライナ領土の7%に過ぎない。しかも不法占拠下の地域は国際経済制裁の対象であり、現地の法人のみならず、現地と取引している企業にも銀行口座凍結などの処罰が課される。そして、日本人であっても、誰もがその経済制裁の有効性を簡単に確認できる。郵便局で「ロシア(もしくはウクライナ)に荷物をお送りたいんですけど」と言えば、職員は必ず送り先がクリミア半島ではないか聞いてくる。不法占拠下地域への郵送は認められないからだ。
 国際連合人権理事会の役員イドリス・ジャザイリ(Idriss Jazairy)の発表によれば、クリミア半島占領を維持することでロシアは毎年1800億~2000億円程度の経済損失を被っている。大赤字だ。

 対ウ戦争を仕掛けたもう一つの目的は、ウクライナと欧米の接近を防止することだった。しかし、戦争が起きる前までは親ロ派が与党になることもあったのに対し、現在反ロ感情が非常に高まり、親ロ派勢力の支持率は10%までガタ落ちした。まして、独立後初めてNATO加盟賛成派がマジョリティーになり、2019年の憲法改正によってウクライナの非同盟ステータスが撤廃され、EUとNATO加盟を国家目標に定める条文まで憲法条文に加わった。7%の領土を取ることによって残りの93%を永遠に失う結果になったと言ってもいいだろう。しかも、ロシアの脅威に抵抗するために、バルト三国などに新しいNATO部隊が配置された。
 不法占拠下地域に限らず、ロシア全体も経済的に追い詰められたと言える。侵略戦争を始めてわずか1年間でロシア通貨ルーブルの価値が半分以下になり、2014年に1米ドルが30ルーブルだったのに対し、2014年には為替相場が1米ドル=78ルーブルに変わった(現在は73ルーブル)。名目GDPも侵攻前の2013年が2.292兆米ドルだったのに、侵攻後の2015年には1.363兆米ドルまで暴落。結局、経済崩壊を防ぐためにロシア政府が年金受給年齢を60歳から65歳に引き上げる等の緊急措置まで取らざるを得なくなった。なお、ロシア人の平均寿命は男性68.5歳で女性78歳なので、殆どの男性は一生国民年金の保険料を払ってきたものの、実際は3年間しかその年金を受け取ることができないという異常事態になっているのだ。

 こうした社会保障の予算がどんどん削られるのに対し、軍事費や治安維持費は2020年、7000億円も増えた。国民の高まる不満を力で押さえつける意図がみえみえだ。
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ナザレンコ・アンドリー:「経済相互依存」で国を守れると考える能天気な人たち

国が貧しくなっているにも関わらず、ウクライナの不法占拠を続け、軍事費を増やし続けているロシア
 そのような多大な損失を被っても、ロシアは軍事行動に出て、未だにウクライナに対する侵略やウクライナ領土の不法占拠を続けている。中国を警戒することの重要性を否定する人は、中国がロシアより理性のある国とでも考えているのだろうか?だとしたら、彼らは全く現実を見ていない。

独裁国家に「理性」はない

 国際戦略をメリット・デメリットのみで決めるのは、資本主義的思想が根強い自由主義国家の特徴。中ロのような独裁国家の価値観は全く違う。

 彼らは常に劣等感を抱き、民主主義国家を中心とした現世界秩序の破壊を狙う。自らの繁栄を望む気持ちより、民主主義陣営に対する憎しみのほうが強いから金銭的損失を気にせずに恫喝や軍事挑発を繰り返す。しかも、日本の場合は経済界の影響力が強く、その経済界は政府が対中・対ロの強硬路線を取ることの邪魔になっている。が、中ロでは経済界は完全に政府の支配下にあるため、政府の暴走にストッパーをかけられないどころか、命を失いたくなければ権力者に黙従するしかない状況だ。

 同じ事は一般国民に対しても言える。左派系活動家は戦争回避の手段として文化交流をもよく主張しているが、普通の中国人やロシア人と仲良くなったところでどうにもならない。なぜならば、彼らには決定権が全くないからだ。10億人の一般中国人よりも、習近平1人の方が政治的権威が何十倍も強く、民意ではなく独裁者の意見が優先されることは確実なのだ。

戦争を回避できるのは「軍事力増強」しかない

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ナザレンコ・アンドリー:「経済相互依存で国を守れる」という能天気な人たちに告ぐ!

戦争を回避するためには「軍事力増強」しかない
 だから昔も今も、戦争を回避するための最も有効的な手段は一つしかない。

 それは仮想敵国との貿易を活発にすることでもなければ、文化交流を深めることでもない。懲罰的抑止力と拒否的抑止力を高めることなのだ。

 もちろん抑止力の中に経済力や技術力等も含まれるが、両方ともが揃っている日本はそういう面において遥かに劣っている北朝鮮に国民を拉致されたり、ロシアに漁師を人質に取られていたり、中国に120日間以上連続で領海侵犯されたりしているので、それだけでは不十分だということは明らかであろう。

 暴力を容認するような相手を牽制するのに決定的な要素は軍事力。なので、GDPの1%しか防衛費に回していない日本は諸外国を見習い、まずその割合を世界平均の2%まで増やすことから始めるべきだろう。それこそが憲法改正と合わせて、これは日本の平和を最強に保障する政策になるはずなのだ。
ナザレンコ・アンドリー
1995年、ウクライナ東部のハリコフ市生まれ。ハリコフ・ラヂオ・エンジニアリング高等専門学校の「コンピューター・システムとネットワーク・メンテナンス学部」で準学士学位取得。2013年11月~14年2月、首都キエフと出身地のハリコフ市で、「新欧米側学生集団による国民運動に参加。2014年3~7月、家族とともにウクライナ軍をサポートするためのボランティア活動に参加。同年8月に来日。日本語学校を経て、大学で経営学を学ぶ。現在は政治評論家、外交評論家として活躍中。ウクライナ語、ロシア語のほか英語と日本語にも堪能。著書に『自由を守る戦い―日本よ、ウクライナの轍を踏むな!』(明成社)がある。

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