ナザレンコ・アンドリー:プーチンがウクライナに執念を燃...

ナザレンコ・アンドリー:プーチンがウクライナに執念を燃やすワケ

キエフ>モスクワの歴史が許せない

 12月7日、バイデン米大統領とプーチン露大統領の間でオンライン会談が行われた。バイデン政権は「ウクライナ侵攻は重大な結果と厳しい代償が伴う」とロシアを牽制しようとしたものの、具体的な合意に至らず、ロシア軍の撤退を実現させることもできなかった。

 プーチンはそもそもなぜウクライナにこんなに拘っているのか。経済面と安全保障上の理由がもちろんあるとはいえ、地政学的な観点からすれば、ウクライナへの侵攻によってロシアの立場はむしろ悪化したと言わざるを得ない。東欧では反露ナショナリズムがかつてないほど高いレベルに達し、ロシアの脅威に対応するためにスウェーデンが徴兵制を復活させ、NATO軍はウクライナより遥かにロシア首都に近いバルト三国で部隊を増強、国際経済制裁によってロシアのGDPは減少を続けている。領土は増えたものの、侵略戦争によって得た地域の不法占拠を認めている国はなく、クリミア半島とドンバス地方の維持はむしろロシアの国家予算にとって負担にしかなっていない。にもかかわらずプーチン政権は挑発を諦めていないのだ。
 ウクライナにこだわる一つめの理由は、6月にクレムリンの公式サイトに投稿された露大統領の論文を読めば大体わかる。論文自体は実際の史実に基づかない妄想だらけなので学術的な価値はないが、ロシア・リーダーの歪んだ歴史観を知るには格好の資料といえる。

 一番始めにプーチンは「キエフ公国(キエフ・ルーシ)」はロシア、ベラルーシ、ウクライナの共通起源だとした上、ロシアこそはキエフ・ルーシの正統な後継者であり、ロシア人とウクライナ人は同じ民族と主張している。これはロシア帝国時代に東欧の占領を正当化するために使われた論でもあるので、ロシアからしたら捨てがたく、プライドの問題も関わっている。なぜなら、キエフが9世紀から東欧の中心地で最大の都市であったのに対し、モスクワは1271年代にできた北東ルーシの小公国に過ぎなかったからだ。しかも、建国してから200年の間、ずっとモンゴル帝国の属国であった(モンゴル皇帝の承認なしでモスクワの王が即位できなかった)。つまり、キエフを首都としているウクライナの存在を認めること自体が、ロシアの歴史が(小さな)モスクワ公国から始まったことを認めるに等しい。それは正しい認識ではあるが、プーチン政権のプロパガンダとロシア人の民族的アイデンティティーに大きいな打撃を与えるに違いない。キエフを支配して初めて「古来大国であり続けた偉大なロシア」という神話が成り立つからだ。
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ナザレンコ・アンドリー:プーチンがウクライナに執念を燃やすワケ

「キエフ公国」は小国に過ぎなかったモスクワよりはるかに歴史も古く、規模も大きかった。

経済弱国のロシア

 第二は経済的な理由で、間違いなくガスのパイプラインのためだ。未だにロシアを大国と思っている人は多くいるが、実はロシアの経済規模は韓国以下である。国家予算の主な収入源は資源の輸出であり、ヨーロッパへのガス輸出を可能とするパイプラインの殆どはウクライナ国土を通っている。そのパイプラインを止めるだけでロシア歳入の半分弱をなくすことができ、それはロシアの経済破綻を意味する。ウクライナを支配し、輸出の安定性を図るというのも、プーチンの絶対命題であるのだ。
 さらに、続く経済危機と独裁化の影響で、2021年のプーチン支持率は2014年以降最低となった(32%)。支持率が下がるたびに対外軍事挑発を繰り返し、国民の怒りを外敵に向けさせることは全ての独裁国家がよく使う手法。ちなみに、最新世論調査によると、露国民が敵国に思っている国は以下の通り。

 ①米国→66%
 ②ウクライナ→40%
 ③イギリス→28%

 米国と直接大規模な対決するのにロシアの国力は足りないので、対ウクライナ憎悪を煽ることによって国民の団結を強化させるしかないのであろう。

 ちなみに、同じ世論調査では同盟国も問われたが、ロシア人の回答は以下の通りだった。

 ① ベラルーシ→58%
 ②中国→38%
 ③カザフスタン→34%

 敵国・同盟国の順位共に2014年から大して変わっていない。
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ナザレンコ・アンドリー:プーチンがウクライナに執念を燃やすワケ

ガスのパプラインはプーチンの生命線だ

独裁国家特有の"言いがかり"

 第三の理由は、多くのコメンテーターも指摘している通り、NATO拡大に対する懸念だ。しかし、これはロシアの言いがかりにすぎないと私は思う。なぜならば、旧ソ連のバルト三国が既にNATOに入っており、NATOが新ミサイル基地の建設を企んでいたら、そちらの国々に作ったほうが早いからだ。まして、ロシアの侵攻によってウクライナを含めた東欧諸国の反露感情がかつてないほど高まっているため、NATOに入らなくとも、直接米国から派兵の提案があれば、迷うことなく受け入れるだろう。そして何よりも、東欧諸国は独立した主権国家であり、外交的な選択肢についてロシアに文句言われる筋合いがない。

 例え話をすると、中国にとって駐日米軍基地は大きな脅威である。中国の思考からすれば、日本に米軍基地があることによって「我が国は敵に追い込まれている」とも思っているだろう。だからといって、日本人が中国に安心を与えるために日本の米軍基地を全て無くすことに賛成できるだろうか?侵略しないという口約束の代わりに日米同盟を解消してもいいと思えるだろうか?中国の安全保障に配慮して日本を緩衝国にしてもいいと思えるだろうか?一部の特定野党支持者を除き、日本人の中でこんな外交スタンスに賛同できる人は殆どいないだろう。東欧の国民だって同じ。歴史の中で何度もロシアに侵略を受け、残酷な支配を経験した国からすれば、ロシアが「我が国の脅威である」といくら主張しても、民主主義陣営に安全の保障を求めるのは、生き残るために必要な対策であろう。

 さらに言えば、「一人のメンバーが攻撃を受けた場合、全員で助けに行く」という集団的自衛権を恐れるのは、攻撃を企んでいる国のみと考えたほうが自然ではないか。
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ナザレンコ・アンドリー:プーチンがウクライナに執念を燃やすワケ

狐とタヌキの化かし合いか?
 そして最後の理由は、中国による圧力ではないかと察する。ロシアと同様の覇権主義国家であり、台湾の併合を目指す中国からしたら、国際社会の注目がヨーロッパ情勢に集まることはとても望ましい。金に困っているロシアは、中国の経済支援と引き換えに、米軍戦力分散のために西側で緊張状態を保ち続けているというシナリオも十分あり得る。

 どちらにせよ、独裁国家は未だに領土拡大願望を抱いていることは明らかだし、今の対応ではプーチンも習近平も周辺国への挑発をやめないことも明らかだ。民主主義国家だけが国際法やマナーを守り、独裁国家がルール破り放題なら、前者がいずれか滅びるに決まっている。そろそろ遺憾表明や対話のみでは平和を守れないことに気付き、強い制裁の段階に移るべきだ。
ナザレンコ・アンドリー
1995年、ウクライナ東部のハリコフ市生まれ。ハリコフ・ラヂオ・エンジニアリング高等専門学校の「コンピューター・システムとネットワーク・メンテナンス学部」で準学士学位取得。2013年11月~14年2月、首都キエフと出身地のハリコフ市で、「新欧米側学生集団による国民運動に参加。2014年3~7月、家族とともにウクライナ軍をサポートするためのボランティア活動に参加。同年8月に来日。日本語学校を経て、大学で経営学を学ぶ。現在は政治評論家、外交評論家として活躍中。ウクライナ語、ロシア語のほか英語と日本語にも堪能。著書に『自由を守る戦い―日本よ、ウクライナの轍を踏むな!』(明成社)がある。

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