また「主語がない」決議案

 衆院は、8日にもウクライナ情勢に関する決議を採択する見通しだ。だが、中国への非難決議(2/1日)と同様に、人権問題や力による現状変更に触れているものの、具体的にどの国を批判しているか書かれていない。こうした主語のない腰抜け非難決議に何の意味があるか、疑問が残るばかりだ。
※参考記事:橋本琴絵氏 《非難決議「中国名指しナシ」は国家百年の恥

 中国が行っているウイグル人ジェノサイドも、ロシアが行っている対ウクライナ侵略も、国際法違反で人道に対する罪である。殺人に必ず犯人と被害者がいるように、侵略とジェノサイドにも必ず加害者がいる。加害者がいるからこそ起きる悲劇だとでもいうべきであろう。

 ところが、日本政府の案を読んでも、ウイグル人やウクライナ人は何かしらの自然現象か、正体不明の第3勢力に苦しめられているようなイメージしかわかないではないか。特にウクライナ問題になると、誰が力による現状変更を試みているか明記しないと、国境に10万人以上の軍隊を集結させているロシアではなく、欧米やウクライナ政府を批判しているという間違った解釈もあり得る。つまり加害者を牽制していないどころか、加害者にとって有利な主張にもなりかねない。
ナザレンコ・アンドリー:今度はウクライナ決議案に「ロシ...

ナザレンコ・アンドリー:今度はウクライナ決議案に「ロシア」名指しナシ!

「配慮」が大好きな人達

このままでは北方領土は永遠に帰ってこない

「ロシアを名指しで批判したら、北方領土の交渉に悪い影響が出る」と言う人もいるが、実際は逆だ。

 日本もロシアに自国固有の領土を奪われている被害者である。米国を始め、国際社会ではこの日本の立場を支持している国は他にもいる。EU議会も、駐日米国大使も、ウクライナ大統領も、北方四島における日本主権を認める発言している。本来ならば、こういう認識を世界の常識にすべく外務省が全力で動くべきであろう。

 ロシアのクリミア半島の併合は世界各国から認められていないため、露企業も国際企業も経済制裁を恐れ、クリミア半島への進入を控え、それで露の実効支配が弱まっているという現実がある。日本においても、例えば「日本の許可なしで北方四島に入った人は欧米と日本のビザをもらえなくなる、北方四島でビジネスする企業は欧米と日本と取引できなくなる」というような強力な措置があれば、そこに住みたがるロシア人が益々減り、取り戻すことがより現実的になるであろう(逆に言うと、北方四島の共同開発は露による実効支配を強めるだけだ)。

 しかし、欧米がいま最も重視しているウクライナ問題や中国における人権弾圧問題に対して日本が消極的な態度を見せれば、尖閣や北方領土問題に関して欧米の理解・協力を得られるはずがない。「あなた達は国際秩序を壊すような大問題を他人事のように扱っていたから、私たちもあなた達の問題を気にしないことにする」となりかねない。こうやって民主主義国家の連帯が弱まることで得するのは独裁国家のみだ。
ナザレンコ・アンドリー:今度はウクライナ決議案に「ロシ...

ナザレンコ・アンドリー:今度はウクライナ決議案に「ロシア」名指しナシ!

プーチンは日本のことを「与しやすし」と思っているであろう―
 また、事なかれ主義が強い日本では、売国思想までいかなくても、「妥協こそ善」と考えている人が少なからずいる。日本の問題の実例で言うと、例えば「2島返還論」がある。その言い方を聞くと引き分け案に思えるが、実はよく内容を見てみると、その2島の面積は北方領土の5%に過ぎないことがわかる。つまり「95%譲歩論」と呼ぶべき案だろう。

 もっとも、プーチンが生きている限り1%でも平和的に返されないことは確実だが、仮にその内容が書かれた国際条約に日本が署名すれば、残りの島々の主権を主張できなくなり、ロシアの外交的大勝利になる。本当は対日参戦そのものが中立条約違反で、ロシアには千島列島と南樺太を支配する権利すらないのに!

「チンピラ外交」に騙されるな

 ウクライナ問題に関しても、「ウクライナがNATOに入らなければロシアはウクライナを侵攻しないので、それが最善策」みたいなことを言う人がいる。

 しかしちょっと待って!
 ロシアは8年前にすでにウクライナに侵攻し、その領土の10分の1を不法占拠し続けているのだ。不法に入手した領土を返還してもらわずに、「これ以上侵略しない代わりに外交方針はロシアのいいなりになります」なんて約束してしまったら、丸々ロシアの得である。ウクライナにとっては引き分けでもなければ、現状維持でもない、一方的な譲歩だ。

 日本人にわかりやすいたとえ話をすると……、もし中国が尖閣諸島を武力で奪った後に、「日米同盟をなくせば沖縄を攻撃しない」と言ってきたら、それを受け入れるだろうか? すでに武力行使してきている相手だから、そもそも何を言っても信頼できないですよね?

 これは中露がよく使う「チンピラ外交法」だ。敢えて非現実的なほどわがままな要求をして、そのあとに一歩引いた提案をすることによって、本当は中露しか得しないような案を妥協案に思わせる戦略である。これに乗れば乗るほど相手の要求が増えるし、行動がより挑発的になるのみだ。暴力団が怖いからと言ってヤクザの言いなりになれば法治国家が成り立たないように、暴力的国家が怖いからと言って対抗しなければ世界平和も実現し得ない。


 今回の中露に対する非難決議については「時すでに遅し」かもしれないが、今後の外交ではあり得ない中露の「妥協」などは期待せず、断固とした決意が必要であろう。
ナザレンコ・アンドリー
1995年、ウクライナ東部のハリコフ市生まれ。ハリコフ・ラヂオ・エンジニアリング高等専門学校の「コンピューター・システムとネットワーク・メンテナンス学部」で準学士学位取得。2013年11月~14年2月、首都キエフと出身地のハリコフ市で、「新欧米側学生集団による国民運動に参加。2014年3~7月、家族とともにウクライナ軍をサポートするためのボランティア活動に参加。同年8月に来日。日本語学校を経て、大学で経営学を学ぶ。現在は政治評論家、外交評論家として活躍中。ウクライナ語、ロシア語のほか英語と日本語にも堪能。著書に『自由を守る戦い―日本よ、ウクライナの轍を踏むな!』(明成社)がある。

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名無しのゴンベエ 2022/2/12 19:02

日本人は中国だけでなく、ロシアの動向にも最大限注意払うべきですね。更に親中派だけでなく、親ロ派の言動にも警戒すべし。

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