使命に殉じたルース・ギンズバーグ判事

使命に殉じたルース・ギンズバーグ判事

ルース・ギンズバーグ氏の死

 去る9月18日、米国のリベラルの象徴的存在であり、同時に推進者でもあった米国最高裁判所判事のルース・ギンズバーグ氏が亡くなった。87歳であった。
 彼女はユダヤ人であり、現役の最高裁判所判事として、数多くの米国のリベラリズム推進の判決を書いていただけでなく、不屈の精神の持ち主でもあった。

 彼女は1999 年、大腸癌手術、化学療法及び放射線治療を受けるが、一度たりとも最高裁判所判事としての職務を休むことはなかった。体力を消耗したギンズバーグ氏はリハビリを続行し、80 歳には腕立て伏せ20 回ができるところまで回復した。2009 年、膵臓癌が発見されるが、術後2週間もしない間に最高裁判所判事としての職務に復帰、2014年、心臓発作に見舞われ、冠状動脈にステント(人体の管状の部分を管腔内部から広げる医療機器)を埋め込む手術を受ける。

 2018 年、つまずいて転び、肋骨を3本骨折。入院治療を受けるも直ちに最高裁判所の裁判官としての職務に復帰。同年12 月、肺癌が見つかり手術を受けるが、翌年2 月15 日には最高裁判所の裁判官としての職務に復帰。
 2019 年8 月、膵臓癌が再発し、放射線治療を受けるが、最高裁判所の裁判官としての職務に直ちに復帰。2020 年5 月、癌の再発に伴う治療を受けるが、最高裁判所の裁判官としての職務を通常通り続行。現在87 歳最後まで不屈の精神の持ち主であったが、ついに9月18日に力尽きた。

 ギンズバーグ氏がビル・クリントン大統領(当時)により、最高裁判所判事に任命されたのが1993 年である。それから数々の病魔に侵されながら一度も休まず、最高裁判所判事として両性の平等、妊娠中絶など、数々のリベラル的思想を実現する判決を下し続けてきた。

 ギンズバーグ氏こそ米国のモダン・リベラリズムの体現者であり、推進者であり、象徴であった。
 ギンズバーグ氏が最高裁判所判事を、病気を理由に辞任などしていたら、米国の現代リベラルの象徴の星が消えるだけではなく、米国のモダン・リベラリズムの推進者であり、体現者である人物が失われる、すなわちモダン・リベラリズムの停止消滅を意味していたのだ。

辞して後進に譲った安倍晋三氏との比較

 これに対して、9月に病気を理由に総理の職を辞任した安倍晋三氏は「アベノミクス」という経済政策の提唱者であり、推進者であり、象徴であったと言える。
 
 しかし、安倍氏が辞任することによって「アベノミクス」という経済政策が停止し、消滅するのか、というとそうではない。アベノミクスというスローガンの提唱者ではあったが、実際はアベノミクスの3本の矢の3本目が撃たれておらず、従って安倍氏が辞任してもアベノミクスが停止し、消滅することにはならないし、菅新総理が「アベノミクスの継承」を謳っていることからも、必ずしも安倍氏がいなければできない、というものでもない。
 もともと、アベノミクスでは、3本の矢の1本が欠けており、アベノミクスそのものが生まれてもいないのだから。

 ここにおいて、ギンズバーグ氏と安倍氏との大きな違いが明確になる。
 ギンズバーグ氏は米国のモダン・リベラリズムそのものであり、その人であるから、最高裁判所判事という職務において、米国のモダン・リベラリズムを成し遂げている人だから病気辞任はあり得ず、「死亡」という事実でしかその職務が終わることがなかった。
 一方、安倍氏は「アベノミクス」という経済政策のスローガンをメディアに登場させたが、完全な実行をしていないので、内閣総理大臣という職務を辞任することに何ら躊躇もなかったのである。

 つまり「リベラリズム」という思想と「アベノミクス」という実際の政策という違いがあるとはいえ、時代を形成する一つの価値観を体現する人であり続けたのがギンズバーグ氏であり、最初からアベノミクスという経済価値観を体現する「人」ではなかったのが安倍氏であった。
 
 つまり、ギンズバーグ氏の場合は自分が米国のモダン・リベラリズムという機関車の窯(かま)に石炭をくべ、全速力で動かしているからこそ、いかなる病魔に侵されても機関車から飛び降りることをしなかった。
 一方、安倍氏は「アベノミクス」という経済価値の機関車を一度も自分の手で動かしておらず、そもそも機関車が発進もしていないのだから、機関車から飛び降りることができたのである。

 政治家と判事の違いが明確に分かれるところだろう。
「死して止む」まで自らの使命に殉じたギンズバーグ氏の冥福を改めてお祈りしたい。また、安倍氏の早期の回復を願
石角 完爾(いしずみ かんじ)
1947年、京都府出身。通商産業省(現・経済産業省)を経て、ハーバード・ロースクール、ペンシルベニア大学ロースクールを卒業。米国証券取引委員会 General Counsel's Office Trainee、ニューヨークの法律事務所シャーマン・アンド・スターリングを経て、1981年に千代田国際経営法律事務所を開設。現在はイギリスおよびアメリカを中心に教育コンサルタントとして、世界中のボーディングスクールの調査・研究を行っている。著書に『ファイナル・クラッシュ 世界経済は大破局に向かっている!』、『ファイナル・カウントダウン 円安で日本経済はクラッシュする』等多数。

関連する記事

関連するキーワード

投稿者

この記事へのコメント

コメントはまだありません

コメントを書く