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エネルギー政策で失態続きのバイデン大統領
 以前、記事《ウクライナが「脱炭素政策」の犠牲に 日本も急ぎ政策再考を》において、EUの脱炭素政策がロシアのガスへの依存を危険なまでに高めてしまい、そのためにEUが対ロシアの経済制裁において弱腰となり、ウクライナ危機を悪化させてきたことを書いた。

 じつは米国も、脱炭素政策によってロシアに力を与えてしまったのだ。

 バイデン政権は発足以来、環境規制を強化し、国内の石油・ガス企業の事業をあらゆる方法で妨害してきた。その一方で、EUがロシア依存を増して脆弱(ぜいじゃく)になることは看過してきた。

 これを象徴するのが、2つのパイプラインの話である。

ノルドストリーム2パイプライン

 2019年、米国議会は、ロシアからドイツに天然ガスを送るパイプライン「ノルドストリーム2」の建設に関与している企業に制裁を課す超党派の法案を可決した。この制裁措置は、民主党の指導部とトランプ政権の双方から強い支持を得ていた。

 図に示すように、ロシアからEUへは複数のパイプラインが伸びている。ノルドストリームとは、ロシアからバルト海の海底を通って北ドイツに至るパイプラインだ。
 このルートは、ポーランドやウクライナなどを通過しないため、これらの地域で戦争などの問題が起きてガスが供給されなくなってもドイツは困らないことになる。

 このパイプラインはすでに1つ目は通っているが、これに次ぐ2つ目である「ノルドストリーム2」が並行して建設され、すでに工事自体はほぼ完了していた。
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《図》欧州のパイプライン網
via Wikimedia
 トランプ大統領は、このパイプラインは 「万が一の時にドイツをロシアの人質にしてしまう」と指摘し、米国議会が可決した制裁措置に署名した。

 そして、トランプ政権時代にアメリカがガスを増産して世界一の産ガス国になり、純輸出国となったおかげで、アメリカはヨーロッパの同盟国にガスを輸出するようになった。これによってEUはロシアのエネルギーへの依存を減らしていった。

 このトランプ政権の制裁措置を維持することは、バイデン大統領にとって可能だったはずだ。ポーランドも、ウクライナも、このパイプラインには猛反対していた。

 だが昨年5月、バイデン政権は、無謀な脱炭素(と反原発)政策によってエネルギー不足に直面するドイツの懇願を聞き入れ、制裁措置を放棄してしまった。

キーストーンXLパイプライン

 その一方で、バイデン政権は国内の「キーストーン(Keystone)XLパイプライン」に対しては、全く逆のことをした。
 バイデンは大統領就任の初日に、環境問題を理由に、建設が進んでいたキーストーンXL事業を阻止する命令を出した。このパイプラインは、日量80万バレル以上のカナダ産原油をメキシコ湾岸の精油所に供給するはずだった。
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《図》キーストーンパイプライン。緑色がキーストーンXL
 このパイプラインは、沿道の州に多くの雇用と固定資産税の収入をもたらすはずだった。

 このように米国がエネルギー生産の観点から大幅に弱体化したため、ロシアに対抗する力が大きく失われることになった。

 いま世界中でエネルギー価格が高騰している。欧米がロシアに経済制裁をすれば、ロシアからのガスの供給が滞る。欧州はガス価格の高騰のみならず、物理的な不足に直面する。暖房もできなくなり、工場の操業も止まる。そして、すでに進行中のインフレが悪化すれば、どの国の政権も安定ではいられない。

 キーストーンパイプラインがあれば、ヨーロッパへのエネルギー輸出を拡大することで、ロシアに対抗する能力をアメリカに与えていたはずだ。

 いまEUは世界から天然ガスを買い漁っている。とくに米国からの液化天然ガス(LNG)の輸入が急激に増えている。トランプ政権時代に増産していたおかげで、何とかまだ急場を凌(しの)いでいるという状態だが、いつまで持つのだろうか。こんな不安要素を抱えて、本当に経済制裁などできるのだろうか。

 米国内では、バイデン政権のエネルギー政策がロシアのウクライナ侵攻を招いたとして、野党の共和党議員から猛烈な非難が浴びせられている。脱炭素政策の大幅な見直しは避けられないであろう。
杉山 大志(すぎやま たいし/キヤノングローバル戦略研究所研究主幹)
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。温暖化問題およびエネルギー政策を専門とする。産経新聞・『正論』レギュラー寄稿者。著書に『脱炭素は嘘だらけ』(産経新聞出版)、『15歳からの地球温暖化』(扶桑社)、『地球温暖化のファクトフルネス』『脱炭素のファクトフルネス』(共にアマゾン他)等。

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