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コロナ後に人々のライフスタイルはどう変わる?

※聞き手・構成 鈴木 雅光(金融ジャーナリスト)

前編《世界経済編》はこちらから

武者 ILO(国際労働機関)の第1号条項で決められている最低労働時間は週48時間です。この条項が定められて100年が経過し、この間、技術が大きく進化して生産性は飛躍的に向上したはずですが、人々の労働時間はほとんど変わっていません。
 つまり、技術が進化しても人々のライフスタイルは、そう大きく変わるものではないことを、この数字は示しているのですが、将来、インターネットを中核とした技術革新がさらに進み、ライフスタイルに大きな変化が生じてきたら、これは非常に面白い時代になると思います。

エミン 今回の自粛騒動でリモートワークを導入した企業は結構多いと思うのですが、今まで仕事をさぼっていた人にとっては結構怖いことだと考えています。確かに作業効率は上がります。でも、会議に出席することが目的化していた人たちは、オフィスに行かないようになると、途端に存在感がなくなります。そのような社員を会社は雇用し続けるでしょうか。確かに生産性は上がると思いますが、会社として必要とする社員と、そうでない社員の選別が始まると思います。

武者 日本は終身雇用がまだ生きているので、働かない社員も雇用し続けてきましたが、それもいよいよダメになるかも知れませんね。ここから労働改革と企業改革が一気に進むかもしれません。

エミン 大企業の経営者で働き方改革に反対している人は結構います。残業が厳しくチェックされるので業務が捗(はかど)らないと言うのですが、それは働き方改革が悪いのではなく、その会社の従業員の働かせ方が悪いのです。
 確かに一定数、働かない人がいて、組織から弾かれれば失業率は上昇するかも知れません。ただ生産性を向上させれば、目下、日本経済にとって最大の問題とされている人口減少問題は取るに足らないものになります。

人口減少は怖くない!?

エミン そもそも日本はまだ人口が多い国です。私が生まれたトルコは、日本の2倍の国土を持っていますが、人口は7500万人です。ところが日本は、この狭い島国に1億2600万人もの人口を抱えています。だから、GDPが世界第3位であるにも関わらず、国民1人あたりの生活水準が一定以上には上がらないのです。生産性を向上させられるなら、日本の人口はもっと減っても良いとさえ思います。

武者 かつて日本の人口が7000万人、8000万人くらいだった時でさえ、人口密度の高さが問題視されていたのが、今では1億2600万人ですから、国土や資源から考えれば、確かに人口は増え過ぎたと思います。
 したがって、人口減少は日本人が豊かな生活をするうえで本来、歓迎するべきことなのですが、どうしてもネガティブな見方ばかりが幅を効かせています。
 理由は2つ考えられます。ひとつは頭数が減って需要が落ち、経済が衰退するという見方。もうひとつは労働者の数が減って生産が落ちるという見方です。

 でも、解決方法はあります。頭数が減って需要が落ちるといっても、それは国内市場の話であり、海外に市場を求めれば解決します。まさにグローバル化の恩恵といっても良いでしょう。あるいは人口が1割減っても生活水準が2割上昇すれば、需要は1割増えます。
 また労働者の数が減って生産が落ちるという懸念については、技術と資本を導入して生産性を向上させれば簡単に解決します。しかも今の日本は、技術も資本も持っているのですから、何も恐れることはありません。

エミン 国が豊かになればなるほど、人口は減少します。中国も例外ではありません。国連の推計によれば、中国の人口は2028年の14億2800万人をピークに、減少に転じるとされています。
 農業社会では子供も重要な働き手でしたから、生産性を上げるために子供の数を必要としましたが、武者さんがおっしゃったように今は農業従事者の数が大幅に減っているため、子供を増やさなければならないという意識が無くなっています。さらに生活水準の向上によって、子供1人を育てるのにかかるコストが上昇するという経済的な要因も重なり、子供を産み、育てることのインセンティブがありません。そのため、経済的に豊かな先進国では子供の数が増えず、人口は減少傾向をたどります。

 でも、私はそれが経済に大きなダメージを及ぼすこととは思えません。高齢者が増え、現役世代の社会保障負担が重くなるのが問題だと言うならば、高齢者も働けば良いでしょう。何しろ経験と知識を豊富に持っているのですから、むしろそれを役立てるチャンスです。今回のコロナ禍でも明らかになりましたが、今はリモートで十分仕事ができますし、将来的にはVRも普及していくでしょう。働くのにわざわざ満員電車に揺られてオフィスまで行く必要が無くなるのですから、高齢者でも働き続けられるはずです。

武者 昔から不老長寿は人類にとっての夢でした。そして今や健康寿命が大きく伸び、「人生100年時代」とまで言われるようになりました。まさに人類の夢にどんどん近づいているわけで、本来なら長寿化をネガティブにとらえる必要はどこにもないはずです。
 だとしたら、なぜそれほど長寿化をネガティブ視するのか。それは65歳以上の高齢者を社会がお荷物だと思っているからです。高齢者が増える一方、御神輿を担ぐ人の数はどんどん減っていくため、いずれ経済が破たんに追い込まれるという論理です。

 でも、65歳以上は社会のお荷物などというのは、不当な定義です。65歳以上が老人だなんてことを誰が決めたのでしょうか。80歳を過ぎても労働力として重要な人は大勢いるはずです。高齢者を労働資源として上手に活用できる社会になれば、長寿化をネガティブにとらえる風潮はなくなるでしょう。

エミン 
それに、日本の人口が減る、減るという危機感ばかり煽られていますが、将来人口推計によると、日本の総人口が1億人を割り込むのは2052年ですから、まだまだ先の話です。それに1億人の人口は、世界的に見ても少ない方ではありません。生産性の改善が進めば、人口減少社会など恐れるに足らずです。そればかりか、日本は現代社会において人口が自然減していく先駆けの国ですから、この経験を蓄積し、人口減少に直面した国に対してノウハウを提供できます。人口減少をもう少し前向きにとらえてみてはいかがでしょうか。

『WiLL増刊号』特別編

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日本経済の未来は明るい?

武者 高度経済成長の時代、日本は世界中で嫌われ者でした。日本の商社が来て、あらゆるものを買い占めていく。自国製品をどんどん輸出して海外の雇用を奪ってしまう。さらには海外の不動産などを大金で買い占めていく。「エコノミック・アニマル」などと言われたこともありました。それが今から40年ほど前の日本です。今にして思えば傲慢だったのです。

 しかし、1990年代に入ってバブル経済が崩壊し、日米貿易摩擦で米国から叩かれ、日本企業の競争力は後退していきました。その結果、かつてのようなプレゼンスは失われたものの、謙虚になったのも事実で、それが却ってグローバルにおいて日本に対する信頼度を高めることになりました。

 またグローバルプレイヤーとしての立ち位置も大きく変わりました。かつては集中豪雨的にモノを輸出することで貿易収支は大幅な黒字でしたが、今や日本の貿易収支は赤字です。そうであるにも関わらず経常収支が黒字なのは、所得収支の黒字が大きいからです。

 所得収支の黒字は、日本が海外に工場を設立したり、現地企業に投資したりして得られる所得が反映されています。海外に工場を設立すれば、そこで現地の雇用が生まれます。貿易収支の大幅黒字は、現地の雇用を奪った結果ですが、所得収支は現地の価値創造に貢献した結果とも言えます。その意味では、日本に対するグローバルな評価は、エコノミック・アニマルと称された当時とは全く異なる、リスペクトされた存在になったと言えるでしょう。

エミン 平成の30年間は、経済的には日本にとって必ずしも好調ではありませんでしたが、私は「種まきの30年」だったと思っています。
 
 そして、この間に日本は独自のストーリーを築き上げました。
 たとえば米国であれば、誰もが「民主主義」「自由主義」「リベラル」といった言葉を連想できると思います。それと同様に、日本は「安心」「安全」「清潔」「健康」「長寿社会」「豊かな観光資源」「サブカルチャー」といったストーリーを築き上げました。

 たとえば、これから社会の中核を担っていくミレニアル世代は、日本のアニメや漫画、ゲームで育っています。そういう世代の人たちにとって、日本はとてもクールな存在です。特に日本のソフトパワーは非常に強力で、フィリピンやシンガポール、カンボジアなどに行くと、日本人がいかにそういった国々の人たちに好かれているかが分かります。その意味で、日本にとって平成の30年間は種まきの期間で、これからいよいよ本格的に収穫する時期に入ったと考えています。

武者 日本には社歴が1000年を超える会社があり、100年企業の数は世界で一番です。こうした長期の事業継続が可能なのは、ビジネスにおいても相互信頼が浸透しているからです。

 信頼があるから、契約不履行を心配することなく低金利で融資が出来ますし、さまざまなチームプレイも可能になります。そもそも事業は1人の天才がいるだけでは成り立ちません。天才ではなくとも、専門知識を持った大勢の人がチームとして一体化した時に、大きな成果が生まれます。

 今の日本企業は、最終製品では米国や中国の後塵を拝していますが、ハイエンドの素材、部品、製造装置の分野では他をはるかに圧倒しています。こうした技術的な成果は、まさにチームプレイの賜物といっても良いでしょう。これこそが日本企業の競争力の源泉なのです。

エミン グローバルサプライチェーンの見直しによって、中国に出ていった生産拠点の一部が日本に戻ってくるでしょう。加えてソフトパワーの増大によって、観光業をはじめとするサービス業も期待できますし、金融も要注目です。現状、香港がアジアの金融ハブとしての機能を担ってきましたが、徐々に中国による香港支配が強まっていますから、お金が集まりにくくなっています。そうなると、次の金融ハブとして注目されるのが東京になります。

 もちろんアジアにはシンガポールもありますが、本当の意味の民主主義国家ではありませんし、結局のところ中華圏の国なので、米国が本気で中国とぶつかった時、自分たちの安全性がどこまで保たれるのかという点で、どうしても不安感が募ります。そうなると、やはり東京がアジアの金融ハブとして、特に欧米の金融機関は拠点を構えやすい。こうした点からも、日本はこれから注目度が高まっていくと思います。

日本の株価はどうなる?

エミン 日本の株式市場の歴史は今年が142年目です。この間の株価の値動きを見ると、株式市場がオープンした1878年から1920年まで上昇を続け、株価は297倍になっています。

 次の上昇局面は1949年から1989年までの40年間で、株価は225倍になりました。このように、日本の株価は歴史上、40年間の長期上昇局面と、23年間の長期下降局面を2回、繰り返したことになります。

 そして、私は2013年から3回目の上昇局面に入ったと考えています。過去の上昇局面で株価が200倍以上になっていますが、1949年から1989年までの40年について、1949年の異常な安値からの回復局面と、1989年の異常な高値形成までのバブル局面を除いた1966年から1986年までの20年間で計算すると、保守的に見積もって12~13倍くらいにはなるだろうと考えています。現在の日経平均株価が2万円だとしたら、12倍で24万円、13倍で26万円ですから、30万円台も十分に狙えると考えています。

武者 株価にとって大事なのは、長期的な価値創造を持続させる土台があるかどうかです。そして、価値創造を決定するうえで重要なのは、国際分業におけるポジショニングです。

 これから先、日本の国際分業におけるポジショニングは、非常に有利になってくるでしょう。
 1990年から20年間、日本は貿易摩擦と円高で競争力を失い、国内ではバブル崩壊の影響で資本収縮が起こり、日本の産業集積が海外に逃げていきました。その結果、価値創造が出来ない状況が続いたのですが、今はハイテクにおけるニッチな分野において、日本は独占的な位置を占めています。中国や韓国のスマートフォンも、日本の技術があるから作れるのです。

 こうした技術面の強みに加え、これまでもっぱら内需向けだった日本の高品質なサービス産業が、インバウンド需要によって外需を取り込むようになります。

 そうなれば、30年間で日経平均株価30万円は十分、想定内です。年8~9%程度上昇すれば、30年間で30万円に届きます。グローバルで見れば、ここ数十年、株価は年率10%程度の上昇率ですから、日本の株価が世界平均になるだけで達成できます。

エミン 目先の話をすると、2025年には日経平均株価が5万円に乗せるでしょう。そこから一時的に調整すると思いますが、それを繰り返しながら30万円を目指すというのが、私のシナリオです。日本にとっては株価も、実体経済も追い風が続くでしょう。
武者 陵司(むしゃ りょうじ)
株式会社武者リサーチ代表。ドイツ証券株式会社アドバイザー。ドイツ銀行東京支店アドバイザー。1949年、長野県生まれ。73年、横浜国立大学経済学部卒業。大和証券株式会社入社後、企業調査アナリスト、繊維、建設、不動産、自動車、電機、エレクトロニクスを担当。大和総研アメリカでチーフアナリスト、大和総研企業調査第二部長を経て、97年、ドイツ証券入社。調査部長兼チーフストラテジストを経て、2005年、副会長に就任。09年7月、株式会社武者リサーチ設立。
新著:『武者陵司の世界経済の大局を読む(仮題)』(ビジネス社)を6月発売予定。

エミン・ユルマズ
トルコ・イスタンブール出身。1996年、国際生物学オリンピックで優勝。97年に日本に留学。翌年、東京大学理科一類合格。東京大学工学部卒業。同大学院で生命工学修士を取得。2006年、野村證券に入社。投資銀行部門、機関投資家営業部門に携わり、16年から複眼経済塾の取締役・塾頭に就任。日経マネー、ザイFX!、会社四季報オンラインで連載を持つ。近著に『米中新冷戦のはざまで日本経済は必ず浮上する』(かや書房)などがある。

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