~香港国家安全維持法~「自由」「民主」を名乗る資格なし

~香港国家安全維持法~「自由」「民主」を名乗る資格なし

 中国共産党の機関紙で名指し批判されたからには、もとより、中国本土に行くことは叶わぬだろうと思っていた。そのうえ、香港にまで「国家安全維持法」ができては、もはや自由なはずの金融センターにも行けなくなった。

 ジョージワシントン大学の中国法専門家、ドナルド・クラーク氏がこの弾圧立法を受けて、「中国当局の怒りを招くようなことを口にした者は、香港を避けるべきだ」と、米紙で警告していたからだ。

 この新法は香港の分離、政権転覆、テロリズム、安全保障を脅かす外国勢力との共謀など4つを犯罪であるとし、当局の解釈次第でどうにでもできる。香港警察は中国共産党からこのお墨付きをもらって、即日、民主派の大量逮捕に乗り出した。

 筆者は中国共産党の機関紙、人民日報系の「環球時報」で、2017年に上梓の『全体主義と闘った男 河合栄治郎』の著者として口汚く批判されたことがある。環球時報は「中国脅威論を宣揚する著書もあり、中国を覇権国家だと騒ぎ立てている」と目の仇にした。そこで、新聞のコラムで「環球時報の批判に答える」と反撃して、北京の怒りを招いた。あちらからは「頑迷な右翼分子」とレッテルを張られた次第である。中国のような全体主義は、人間の営みに反する一党独裁体制を維持しようとするから自由な精神を怖がる。

 東京帝大教授の河合栄治郎は、昭和初期から左右の全体主義と闘った唯一の自由主義知識人であった。彼は左の全体主義であるマルキシズムの危険性を追及し、やがて、右の全体主義であるファシズムが台頭すると、これを批判して起訴された。

 現役の全体主義、中国にとっても、自由主義は最大の敵なのだ。共産党が気に入らない批判者を「右翼分子」と決めつけるのはいつものことで、それが「全体主義の批判者」という意味ならその通りで欣快に堪えない。

 今回の国家安全法では、域外にいるその「全体主義の批判者」でさえ危うい。同法第38条は、香港に居住していなくても域外で犯した違法行為も罪を問えるという悪法なのだ。
 
 38条で国外の発言者まで脅しているのだから、香港で声を上げようとしている民主派の人々への弾圧は想像を絶するものがある。当然ながら、国際社会は中国批判の声を上げた。米政府はもちろんのこと、米上下両院は香港の「高度な自治」を侵害する中国当局者らに制裁を科すことを求める制裁法案を可決した。さらに日本を含む27カ国は6月30日、国連人権理事会で、中国に国家安全法の再検討を求める共同声明を出した。

 では、自由、人権、法の支配を擁護する日本の国会はどうしたか。一言でいうと、わが選良たちは寝とぼけていた。香港で自由を奪う国家安全法の逮捕者が続出しているというのに、日本の国会は超党派で非難決議の一つも出せない。香港への悪法の押し付け、新疆でのウイグル弾圧、台湾への恫喝は、決して中国の内政問題ではない。香港については、1984年の英中共同声明という名の条約に違反しており、ウイグル問題は国連憲章違反の人権弾圧である。

 野党第一党の立憲民主党は「大変危惧するところであり、はなはだ遺憾である」などとお粗末だった。日頃は、安倍政権に民主主義や人権の説教を語りながら、強大な自由の敵に対してはほんの形ばかりだ。自民党はさらにひどく、外交部会が対中非難と習近平国家主席の国賓来日「中止」を求める決議案に、二階俊博幹事長が待ったをかけた。

 この実力者は「日中関係のために、先人たちが紡いできた努力をなんと考えているのか」と不快感を示したという。古いチャイナ・ハンドの時代錯誤には驚くばかりだ。いまの中国は、もはや爪を隠して日本から学び盗ってきた貧しき大国ではない。その手法が功を奏してGDP(国内総生産)で日本を抜き、アメリカに次ぐ核軍事大国である。

 この数カ月だけ見ても、領土紛争などで日本はじめインド、ベトナム、マレーシア、インドネシアなど近隣諸国を武力で脅す無頼国家だ。腹を割って話せば分かるという幻想が成り立つ相手ではない。今日の香港は、明日の台湾であり、明後日の尖閣諸島どころか沖縄諸島になりかねない。日本の国会が言論の府であると自任するのなら、即、言論擁護の行動を起こすべきである。国際法を踏みにじるような中国の顔色をうかがう政党に、果たして「自由」や「民主」を名乗る資格があるのか。
湯浅 博(ゆあさ ひろし)
1948年、東京生まれ。中央大学法学部卒業。プリンストン大学Mid-Career Program修了。産経新聞ワシントン支局長、シンガポール支局長を務める。現在、国家基本問題研究所主任研究員。著書に『覇権国家の正体』、『吉田茂の軍事顧問 辰巳栄一』など。

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