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【横田由美子】保険適用の前に知っておきたい「不妊治療」の世界~その2~

 費用の高い体外受精などの不妊治療に対して菅義偉首相が、公的医療保険の適用を打ち出して以来、これまでメジャーではなかった「不妊の世界」にスポットがあたり始めた。
 中高生の間に保険教育をあまり受けてこずに産み時を逃した世代が堂々と悔しさや苦しみの声をあげられるようになり、リアルの経済格差がそのまま映し出される世界に楔(くさび)が打ち込まれた。


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灯る希望の灯

 筆者がつい先週会った40代の女性起業家A子さん(子ども2人、ひとりは0歳)も、

「夫婦両者に問題があったため、子どもを授かるのに1000万円近くかかった。うちは早くから、体外・顕微受精でした。保険適用、早くしてほしかったです」

 と、堂々と話していた。

 しかし、不妊というあまりにも深い世界のほんの一部がつまびらかになったに過ぎないことを筆者はすぐに知ることになる。

 その数日後、別の女性起業家のB子さん(40代)の話を聞いたが、こちらは最初から最後まで、思い詰めた雰囲気が漂っていた。

 彼女が乳がん宣告を受けたのは、37歳の時だ。
「30歳で会社を辞めて、独立して、馬車馬のように働いてきた。会社が落ち着いたころ、ちょうど同じ年齢のパートナーと婚約もして、あとは結婚して子どもをつくるだけだったんです。まさかそのタイミングで自分が乳がんに罹るなんて、夢にも思っていなかった」

 会社は共同経営者に任せ、闘病生活に入った。友人には支えてもらったが、婚約は破談となった。

「彼が子どもをほしがっているのを知っていたからです。彼にとっては、『結婚=子どもを持つこと』なのに、私は完治するかどうかもわからない病気に罹り、子作りなんて無理だった。お互い、恨んだり嫌いになったりする前に、別れました」

 と、言った。闘病生活は約4年にわたり、今も独身のままだ。もちろん、子どもはいない。
「今って、卵子をとっておくことができるじゃないですか。もっと元気で若い時にそういう選択肢を知っていれば、彼と別れなくてすんだのかなって……。でも、乳がんから生還できるかわからなかったから、やっぱり無理だったのかな」 
 と嘆くが、希望の火は灯されつつあるということを知らせたい。

"がんサバイバー"が子供を授かるために

 聖マリアンナ医科大学の鈴木直産婦人科教授や岐阜大学の古井辰郎産婦人科臨床教授らのまとめた平成27~29年度厚労科研「AYA世代、がん患者、サバイバーに対する妊孕性(にんようせい)温存に関する診療の実態」(代表・堀部敬三 元国立病院機構名古屋医療センター臨床研究センター長)によると、決して少数派ではないB子さんのようなケースでも、支援体制さえ整えば、〝救う〟ことが可能になる。

 研究班では、15~19歳のAdolescent(思春期)世代と20~39歳のYoung Adult(若年成人)世代を「AYA世代」と名付けた。

 両教授によると、AYA世代がん患者に対するがん治療を最優先にしつつも、「妊孕性(将来こどもを授かる可能性)」に着目して、抗がん薬や放射線治療などによって不妊になる可能性を回避するために、がん治療開始前に精子や卵子、卵巣組織などを凍結することで、将来子どもを授かる可能性を残す医療(がん・生殖医療)に関する正確な情報を、的確なタイミングで患者とその家族に伝える必要性を強調している。そのためには、がん治療医と生殖医療医の密な医療連携が必要となる。

 女性の子宮が健康ならば、幾つになっても、凍結してあった卵子を使用して、体外・顕微受精し、子を授かることは可能だ。医療技術の進化により、〝がんサバイバー〟と呼ばれるB子さんのような女性は増えている。彼女たちが、結婚も出産も諦めることなく、闘病に専念できれば、精神的・心理的苦痛も緩和される。

 ただ、こうした情報が広まっていないことに加え、費用の問題が大きな課題となっているという。地方自治体ごとに助成金の額も異なれば、がんと生殖医療の連携ネットワーク構築もバラバラだ。「予防」の分野に入るのかもしれないが、大枠では、「不妊治療の世界」の話である。将来的には少子高齢問題の一助につながる可能性を孕(はら)んでいる。

 少子化対策は日本の将来にとっての重要課題。新政権はどうせやるなら、ここまでスポットを当ててほしい。
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横田由美子(よこた・ゆみこ) 

埼玉県出身。青山学院大学在学中より、取材活動を始める。官界を中心に、財界、政界など幅広いテーマで記事、コラムを執筆。「官僚村生活白書」など著書多数。IT企業の代表取締役を経て、2015年、合同会社マグノリアを立ち上げる。女性のキャリアアップ支援やテレビ番組、書籍の企画・プロデュースを手がける。

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