【湯浅 博】日の丸ワクチンにカネけちるな

【湯浅 博】日の丸ワクチンにカネけちるな

 複数のワクチンが1年以内にスピード開発されたことは、「人類の英知による成果」との賞賛が世界でこだまする。しかし、どうも釈然としない。そこになぜ〝日の丸ワクチン〟がないのだろうか。

 日本はいま、ファイザー、アストラゼネカ、モデルナというアメリカとイギリスの製薬会社に、6714億円という巨費を投じて2億8千万回分のワクチンを確保した。副反応による被害の責任まで日本が負う、という製薬会社の条件まで丸呑みさせられた。

 契約の投資先が開発に失敗した韓国に比べ、日本の契約先はすべて開発に成功できたのはめでたい。それでも納得しかねるのは、日本がノーベル賞の「生理学・医学賞」の受賞者を計5人も輩出した医療技術先進国のはずだからだ。そんな巨費を海外メーカーに払うくらいなら、国内研究にドンと投資して自前のワクチンを開発すべきではないのか。

 つい最近、国家基本問題研究所で2人の研究者が相次いで、ワクチンこそは「有事に必須の戦略物資である」ことを明らかにした。

 確かに、世界で接種が始まったワクチンは、先陣を切ったロシアをはじめ、中国、アメリカ、イギリスと、いずれも軍事大国ばかりだ。冷戦時代の核よりも、いまは「貧者の核兵器」と呼ばれる生物・化学兵器が現実の脅威になった。ウイルス弾をばらまかれたら、即時、対処しなければならないのは、軍の防疫作戦と素早いワクチン投与である。

 そのためには、平時から軍主導で研究機関や製薬会社にワクチン開発を依頼しておかなければならない。大阪大学寄附講座教授の森下竜一氏に言わせると、スピード開発を可能にしているのは、「科学者たちの知性の差ではなく、国家の安全保障観の違いによる」のだという。

 なかでも、ロシアが承認したワクチン「スプートニクV」は、その名称からも彼らが国家の威信をかけて開発に全力を挙げていたことが分かる。旧ソ連が1957年に、アメリカを出し抜き世界で初めて打ち上げに成功した人工衛星が、「スプートニクⅠ」だった。その1カ月後に、今度は「ライカ」という名の犬を乗せた「スプートニクⅡ」の打ち上げにも成功し、61年の人類初の宇宙飛行につなげる。

 今回のロシア製ワクチンに「スプートニク」を冠したのも、その再来を狙った大国意識のなせる業だろう。国威発揚のためには安全性を軽視しているとの批判があり、アメリカの製薬会社に対する技術窃盗のためにサイバー攻撃まで仕掛けたと報じられた。

 これに対してアメリカは、強烈な競争心を燃やすヤンキー魂がある。この「スプートニク・ショック」に対しても、とんでもないカネと時間をかけて倍返しをしている。

 アイゼンハワー政権は翌58年にARPA(高等研究計画局)という組織を創設し、ソ連に技術開発で先行を許さないことを狙いに予算を集中投下した。ここから分離独立したのがNASA(米航空宇宙局)である。同時に理数系の人材育成に予算を振り向け、ソ連への追い上げに成功する。

 防衛研究所の塚本勝也室長によると、ARPAが改編されたDARPA(国防高等研究計画局)による資金提供でステルス機、ドローンのような新兵器から、インターネットやGPS(全地球測位システム)など社会を一変させる技術を生んだ。

 武漢ウイルスに対しても、失敗を許容しながらmRNAワクチンの研究開発でモデルナなどの医薬品企業に資金を拠出してきた。その結果、昨年3月半ばにはもう臨床試験を開始して、新型コロナウイルスのワクチン開発で先行する企業になった。

 アメリカの強みは、DARPAが国防上の要請から、民間企業がしり込みするハイリスクの技術に支援し、開発リスクを肩代わりすることだ。失敗を繰り返しても、ひたすら挑戦することでパンデミックのような国難に対処する。
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米国は最先端技術開発のリスクを肩代わりする(写真はAIドローン「Skyborg」の模型)
 ところが日本は、1995年3月にオウム真理教による地下鉄サリン事件という都市型テロがあったにもかかわらず、生物兵器に対する対応が十分ではない。ワクチン開発でも、アメリカは大学など研究機関や製薬会社からの買い上げ方式だが、日本は失敗のリスクを恐れて少ない補助金で叱咤激励するばかりだ。

 パンデミックがこの先も長い闘いになることを考えれば、同盟国の製薬に頼らず、失敗を恐れずに自前のワクチン開発に資金を注ぎ込むべきだろう。
湯浅 博(ゆあさ ひろし)
1948年、東京生まれ。中央大学法学部卒業。プリンストン大学Mid-Career Program修了。産経新聞ワシントン支局長、シンガポール支局長を務める。現在、国家基本問題研究所主任研究員。著書に『覇権国家の正体』(海竜社)、『吉田茂の軍事顧問 辰巳栄一』(文藝春秋)など。最新作に『アフターコロナ 日本の宿命 世界を危機に陥れる習近平中国』(ワック)。

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