「日米安保第5条」にホロ酔い日本

「日米安保第5条」にホロ酔い日本

 条文の中身はともかく、「日米安保第5条」という防衛用語は誰もが知っている。馴染んだ呪文のように、その言葉を聞いただけで、どこかホッとする不思議な念力がある。自らはこの外敵と戦わずとも、正義の十字軍が守ってくれるという心地よい響きだ。第5条にホロ酔い気分の日本だが、この世にそんなうまい話があるとは思えない。

 菅義偉首相と米大統領選で勝利したバイデン前副大統領の日米電話会談では、「米側から、尖閣諸島に日米安保条約第5条が適用されるとの発言があった」との一報が、NHKニュースのテロップで流れた。自民党政調会長の「大変ありがたい」との第一声は、多くの国民が共有する感触なのではないか。

 いまや、日本の尖閣諸島周辺の領海で、中国公船による侵犯と居座りが常態化している。しかも、あちら海警の艦船は、大型化して機関砲まで積んでいる。10月末、中国国防法の改正案を発表し、安全が脅かされるときだけでなく、経済的利益が脅かされる場合でも、「全国総動員または一部動員を行う」と好戦性をあらわにする。

 翌月には、海警局の権限を拡大する海警法を発表して、主権や管轄権が外国に侵害されたときには、陸海空のすべてに武器使用などあらゆる措置を取らせることを宣言した。つまりは、日本が尖閣に上陸したり、建造物をつくったりすれば、主権侵害として攻撃するとの威嚇だ。法律戦、宣伝戦、心理戦の3戦を駆使した露骨な恐喝である。

 だが、自民党幹事長の二階俊博はBSフジの番組で、「隣国」という理由だけで「仲良くしなければいかん」と、全体主義に対する危機感がない。こん棒を振り回す恐喝外交に、もみ手すり手の善人外交である。逆に、対米では「追従外交はもうやめだ」と言い切る始末だから、距離と価値観の区別ができない。

 野党の方もまた、安倍首相時代のモリカケ問題に続いて、今度は学術会議問題で重箱の隅をつついている。危機に反応が鈍いだけなのか、使命感の欠如か。アメリカ依存が染みついて、国民の大事はもっぱら人任せなのだ。旧知のアメリカ海兵隊OBは、「中国が尖閣諸島を奪っても、日本の政治家には奪還するための決断はできない」とため息交じりであった。

 アメリカ軍庇護下のこの70年余りの間に、日本は自らの手で守ろうとする自立心や気概は、喪失してしまった。自衛隊のプロ集団は、さすがに危急存亡の折に備え、国民の命と領土領海を守る強靭な力と精神を磨いている。悲しいかな国民の代表たる政治家には、一部を除いて危機意識も使命感も感じられない。

 彼らは、新聞のいう「米国による防衛義務を定めた第5条」を鵜呑みにするが、本当にそうなのか。日米安保第5条には、日本の施政下にある領域に武力攻撃があった場合、前提条件を付けている。

 そのうえで、「自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処する」と回りくどい。

 同じ「5条」でも、ヨーロッパを守るNATO(北大西洋条約機構)のそれは、「締約国に対する武力攻撃を全締約国に対する攻撃とみなす」と、即時反撃することを明快に誓っている。NATOの相互防衛条約と日米の安全保障条約との差は驚くほど大きい。従って、安全保障に通じている政治家なら、憲法を改正したうえで条約を相互条約に改正しなければ、安心して眠れないはずだ。

 在日米軍のケビン・シュナイダー司令官は7月29日に、尖閣諸島海域の中国公船による「前例のない侵入」の監視をアメリカ軍が支援することが可能、と踏み込んでいた。日本の政治家は、これらアメリカ軍の「トモダチ作戦」のような善意に頼り切っている。野党はさらにひどく、立憲民主党国対委員長の安住淳は、日米首脳電話会談後に相変わらず身勝手なコメントをしていた。在日米軍基地に対するカネ目の交渉に、「米国に対しモノ言うことを首相には求めたい」と肝心の話をそらしていた。

 いまから半世紀以上も前に、日本がこの手の「島国」根性から脱して、「海洋国家」に脱皮するよう求めた少壮学者がいた。雑誌論文で「イギリスは海洋国家であったが、日本は島国であった」との修辞法で警鐘を鳴らしていたのだ。海を活用するイギリスと、海を背に閉じこもる日本を対比し、わが国が海洋国家として自立するよう提言していたのである。それは外交・防衛ともアメリカに依存しながら、経済発展のみに精力を傾注してきた代償であるとみた。ホロ酔いをさまし、自立の道をさぐれ。
湯浅 博(ゆあさ ひろし)
1948年、東京生まれ。中央大学法学部卒業。プリンストン大学Mid-Career Program修了。産経新聞ワシントン支局長、シンガポール支局長を務める。現在、国家基本問題研究所主任研究員。著書に『覇権国家の正体』(海竜社)、『吉田茂の軍事顧問 辰巳栄一』(文藝春秋)など。最新作に『アフターコロナ 日本の宿命 世界を危機に陥れる習近平中国』(ワック)。

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