たとえばの話……
日本としては、この「人民共和国」を素直に承認する選択肢はないと考え、この「人民共和国」を非合法の武装勢力として位置づけ、自衛隊を動かしてでも排除する姿勢を示した。この結果、自衛隊と武装勢力との間には武力衝突が発生し、双方の間に多くの死傷者が生まれた。この戦闘に巻き込まれて不幸にも犠牲になる民間人も続出し、中には罪のまったくない子どもたちも含まれることになった。
これに対して中国は「日本は国内の少数民族に対するジェノサイドを行っている」「罪のない子どもたちもどんどんと犠牲にされている」との非難声明を発表し、「このジェノサイドを止めるために中国は国家承認をして支える」と宣言した。そして「人民共和国」にどんどんと武器、物資のみならず、兵員まで送り込んできた。
世界からは中国の行動はおかしいと批判する声も出たが、日本側がジェノサイドを行っているとする中国側のプロパガンダを信じて、日本側を非難するコメントを発する「識者」も相次いだ。そしてそうした「識者」の見解に煽(あお)られて、「悪いのは日本だ」とか「どっちもどっちだ」と信じる人たちも無視できない数に達した。
このような状況に直面した時に、私たちは日本人としてどう受け止めればよいのだろうか。
日本の側にも誤解させるようなことがあったから仕方がないのだろうか。それとも国家分裂を仕掛けてきた中国こそが絶対悪であり、中国勢力を排撃することを徹底的に追求すべきなのだろうか。
偏向があったウクライナ情報
私はウクライナを腐敗とマフィアに特徴づけられる信頼の置けない国家だと思ってきたし、自国にとって不愉快なものであれ、ミンスク合意をウクライナが守ろうとしないことが対立の原因をつくっていたと考えてきた。
米民主党のオバマ政権が当時のウクライナをロシア側から引き離すために秘密工作を行っていたことも知っていたし、当時のオバマ政権の副大統領が現大統領のバイデンであり、バイデンがこのウクライナ工作に深く関わっていることも知っていた。バイデンの息子のハンターは、ブリスマというウクライナのガス会社の役員として高額報酬を受け取り、ブリスマに対するウクライナ検察の捜査を、バイデンがウクライナ政府に圧力をかけてやめさせたことも知っていた。バイデンはそのことを平然と自慢までしていた。
だから現在のバイデン政権が流すウクライナ関連の情報は全く信頼できるものだとは思わなかったし、こうしたアメリカ側の汚いやり口に対抗するロシア側の動きを、ある意味で「当然」のようにとらえていたところもあった。
ロシアの侵略は明らか
ウクライナ東部でロシアからの工作を受けたグループがロシアから供与された武器を使って「独立」を宣言し、「ドネツク人民共和国」とか「ルガンスク人民共和国」という名の「人民共和国」を成立させた。この「両国」はロシアが支援している武装勢力である。彼らはウクライナからひどい差別を受けており、自存のためには独立するしか手段がないのだ、ウクライナは自分たちを滅ぼそうとして「ジェノサイド」を行っているのだと主張してきた。
これら武装勢力をウクライナ軍は武力で排除しようとし、時にはひどい衝突も生じることになった。民間人に犠牲者が生まれることもあり、罪のない子どもたちが犠牲になることもあった。
ロシア側はこうしたことが「ジェノサイド」の証拠であり、両国の独立を認める以外に「ジェノサイド」を防ぐ道はないと主張する。この上で国家承認に踏み込んだ。「力による現状変更を認めない」とする現代の国際法に基づくルールを、ロシアは明らかに破っている。
ウクライナはこの武装勢力をロシアが堂々と支えていることを理解しているから、ロシアに妙な口実を与えないように慎重な対応も求められる。だが何もしないと、武装勢力は支配地域を拡大させるために武力攻勢を強めることになる。
「ジェノサイド」と呼べるか
ここで考えてもらいたいのは、日本に生じた「人民共和国」を自衛隊が実力を行使して排除しようとするのは自衛権の発動に当たるが、ウクライナに生じた「人民共和国」をウクライナ軍が実力を行使して排除しようとするのは「ジェノサイド」になるのだろうか。
私が仮定した日本の立場と、現在ロシアの侵略にさらされているウクライナの立場は、私には同じことではないかととらえられるわけだが、この私のとらえ方は根本的に間違っているのだろうか。
国連難民高等弁務官事務所によると、これら2つの「人民共和国」が「建国」された2014年には、ウクライナ側と親露派側との衝突の中で命を落とした民間人は2084名に達している。2015年は954人、2016年には112人と年々下がっていき、2019年以降は年間で20人台となっている。
もちろん年間20人~30人程度であっても、戦争行為に巻き込まれて命を落とす人たちが発生していることは痛ましいことである。だが、これを「ジェノサイド」という言葉で呼ぶべきものであるかは大いに疑問だ。
プーチン大統領が「ドネツク人民共和国」をロシアとして国家承認すると宣言した直後に、ドネツク州のマリウポリという港町でもこれに対して抗議する多くの市民が集った大集会が開かれた。この町は「ドネツク人民共和国」の支配領域の外側に位置するが、市民の大半がロシア語話者の地域であり、ロシアに対して親しみを感じている人たちが多いとされるところだ。
このことはロシア語話者がみなプーチンを支持しているわけではないことを明確に示している。むしろ、ウクライナの問題にこれ以上干渉するのはやめてもらいたいとの声を彼らは上げたと見るべきである。
プーチン率いるロシアは明白な侵略者
その中でアイデンティティがロシアにある人間だけを見つけ出して彼らだけを殲滅(せんめつ)するということは果たして可能なのだろうか。「ジェノサイド」論にはこの点でも無理があるのではないかと、中野区議会議員の吉田幸一郎氏が指摘していたが、私も同感である。
「ドネツク人民共和国」の初代首相のアレクサンドル・ボロダイ氏は、もともとモスクワ生まれのロシア人で、現在はプーチン政権の与党である「統一ロシア」に所属する下院議員である。「ルガンスク人民共和国」の初代首相のバシリー・ニキチン氏はソ連当時のカザフスタン生まれで、その後にウクライナに移ってきて事業を立ち上げた人である。
こうしたことからも「ドネツク人民共和国」や「ルガンスク人民共和国」を主導したのは非ウクライナ人勢力=外人勢力なのだということがはっきりわかるだろう。
人間は世界を見るための構図を持ち、それによって理解を進めようとする生き物である。その中で「味方」と「敵」、「善」と「悪」を2分して両者の対立構図としてとらえるということもよく行われる。
「敵」とされやすいのは「国際金融資本」「グローバリスト」「新自由主義者」などだが、こうした見方はすっきりとわかりやすい感じがあり、また人々の感情を簡単に煽りやすい。誰もが「悪」を憎み、「善」の側に立ちたいと思うからである。そういうこともあって、こうした論法を使う論者は実に多い。
だが、こうした見方にはまってしまうと、その見方から現実を歪(ゆが)めるように変化していくことになる。それなのに本人にはその自覚がないというのが実に厄介な問題になる。正直に告白すれば、私も左翼時代にはこうしたものの見方にどっぷりはまっていた。
私には現在プーチンを「国際金融資本」や「グローバリスト」と戦う立場にいる「善」の代表として位置づける人たちが多くいることに警戒心を持っている。そうした前提を持ち込んで、プーチン率いるロシアが明白な侵略者であるという事実を歪めていないか、よく考えてもらいたい。
1964年、愛知県出身。私立東海中学、東海高校を経て、早稲田大学法学部卒。日本のバブル崩壊とサブプライム危機・リーマンショックを事前に予測、的中させた。現在は世界に誇れる日本を後の世代に引き渡すために、日本再興計画を立案する「日本再興プランナー」として活動。日本国内であまり紹介されていないニュースの紹介&分析で評価の高いブログ・「日本再興ニュース」の運営を中心に、各種SNSからも情報発信を行っている。『それでも習近平が中国経済を崩壊させる』(ワック)が好評発売中。