もしこれがアメリカだったら、どうオトシマエをつけるだろうか。2020年の幕開けが、「ゴーン被告、国外逃亡」で始まったとき、すぐに思ったのは自らの手で決着をつけるアメリカの姿だった。

 海外逃亡犯ならどの国も、ICPO(国際刑事警察機構)に依頼するか、直接、レバノン政府に身柄の引き渡しを求めるはずだ。しかし、アメリカは相手国が敵対的であったり、信頼できなかったりした時には、おおむね強硬策に出る。
 彼らは日本よりはるかに法の執行にこだわるから、ゴーンの「日本逃亡シナリオ」を逆回しで計画を立てるに違いない。現地のCIA(米中央情報局)要員がゴーンの確実な行動のパターンを把握し、現地入りするFBI(米連邦捜査局)の捜査官を誘導する。FBIがゴーンを拘束すると、米軍機でそのままアメリカに運んでしまう。あとは、国内法に基づいて裁きを受けさせるだけだ。

 さて、ゴーンの「日本逃亡シナリオ」とは、まず腕利きの元米特殊部隊員を雇い入れ、蓄財家らしくプライベートジェットを使った。音響装置と偽る姑息な手段で関西空港からイスタンブールへ飛び、そこからベイルートに入った。15億円という保釈金は、ゴーンにはハシタ金だから、逃亡を抑止する効果など初めからなかった。
 このニュースにトソ気分はいっぺんに吹き飛んだ。保釈中の犯人が逃亡した以上、法治国家として貫くべきは、粛々と法の執行を完遂することだろう。さりとて、ゴーン被告が逃げ込んだレバノンは、政治的な混乱状況にある。ICPOを通じて身柄引き渡しを求めても、果たして政府にその当事者能力があるかさえもわからない。

 ところが、経済人にやさしい米紙「ウォール・ストリート・ジャーナル」の社説は、ゴーンが逃亡先のベイルートで行った記者会見を「疑いを晴らす会見」と評価し、日本の司法制度を「被告人は有罪」との前提に立っていると非難した。有罪になる確率が高いのは、慎重な日本の検察が勝てる事案しか起訴しないからだ。
 むしろ、この社説子の頭の中は、日本企業がいまだ1980年代に「日本株式会社」と揶揄(やゆ)されていた時代のイメージから少しも変わっていない。日本企業内で外国人幹部の増長にいら立ち、日産幹部と日本当局者が協力してゴーンを陥れたとの陰謀論に立っている。罪を隠せなくなって逃げた被告人を、陰謀論で擁護するとは本末転倒である。「法による支配」を重視する国は、あくまでも法の執行を重視する。

 実際にアメリカは、法の執行にどこまでも固執するはずだ。1993年にワシントン郊外のバージニア州にあるCIA本部近くの路上で、複数の職員が殺害される事件が起きた。信号待ちの職員が乗る車が、パキスタン人の過激派から銃撃を受けた。犯人はそのままパキスタンに高飛びしている。
 そこからCIAによる執念の追跡が始まる。まもなく、犯人がアフガニスタンとの国境の町、ペシャワルに隠れ住んでいたことを突き止めた。連絡を受けたFBIが踏み込んで、そのままアメリカへ連行してしまった。当時パキスタンのブット首相が主権侵害であるとしてアメリカを非難したが、犯人はすでにFBIの手の内にあった。

 もう一つは、〝パナマの暴れん坊〟ノリエガ将軍を麻薬密輸容疑で逮捕連行するため、1989年12月、アメリカ軍がパナマに軍事進攻した。将軍は雲隠れしていたが、翌年1月に投降して逮捕され、フロリダで裁判を受けた。この男、かなりのワルには違いない。権力を握るともうやりたい放題であった。麻薬の密輸はもちろん、テレビカメラの前で大刀を振り回してアメリカをののしった。当時のブッシュ政権は、このノリエガから「戦争状態宣言」を突き付けられ、非番の米海兵隊員が射殺されて我慢の限界を超えた。
 とはいえ、パナマにだって主権はある。さすがのノリエガも自分を逮捕するために、アメリカが軍を動かすとまでは思っていなかっただろう。あの「奥様は魔女」のエリザベス・モンゴメリーらが、いくらパナマの権力者が悪いとはいえ、よその国の犯罪者を逮捕するのに軍を差し向けるのはいかがと非難した。

 だが、アメリカのやることが正義であった。ゴーンの逃亡劇がアメリカの事件であったなら、そのまま放置するはずがないと考える所以である。日本の司法は、そんな無茶はできなくとも、法に従って地の果てまで追いかけていく気概を持ってもらいたい。

湯浅 博 (ゆあさ ひろし)
産経新聞東京特派員。1948年東京生まれ。中央大学法学部卒業。プリンストン大学Mid-Career Program修了。産経新聞ワシントン支局長、シンガポール支局長を務める。現在、国家基本問題研究所主任研究員。著書に『覇権国家の正体』(海竜社)、『吉田茂の軍事顧問 辰巳栄一』(文藝春秋)など。

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