【朝香 豊】バイデン政権は親中派増大機

【朝香 豊】バイデン政権は親中派増大機

水泡と化した中東和平

 いまアメリカのバイデン政権は、一見では中国と激しく対決するような姿勢を見せていて、これを高く評価する向きもある。だが、バイデン政権を素直に信用してもいいかといえば、私は疑問を感じている。今回はそのことについてサウジアラビア外交を例に取りながら論じたい。

 サウジアラビアで思い出してもらいたいのは、2018年に起こった反体制派のジャーナリストであったカショギ氏の殺害事件である。サウジアラビア政府からすれば、サウジアラビアの王族支配に否定的な言論を容赦なく展開するカショギ氏は、〝目の上のたんこぶ〟だったのはいうまでもないだろう。

 カショギ氏はトルコ人の婚約者との婚姻届を出すために、トルコにあるサウジアラビアの総領事館に向かい、そのまま行方不明となった。カショギ氏は総領事館内で殺され、バラバラに切断されて運び出されたのだとトルコ政府が発表し、その後それが事実であることをサウジアラビアも認めざるを得ないところに追い込まれた。この事件ではサウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子が黒幕であるのは間違いないところだ。

 人権の見地からいえば、サルマン皇太子の犯罪はあまりに重大である。とてもではないが、看過できるようなものではない。だが、この事件が発生した当時のアメリカ大統領だったトランプは、サルマン皇太子のこの非道な行いを事実上黙認した。

 トランプ氏の考えからすれば、そんなことより中東を安定化させることのほうが遥かに重要だということになる。そして実際サウジアラビアとイスラエルを和解させるなどして、誰がやっても解決するわけがないと言われてきた中東の平和と安定を大きく前進させた。

 これに対してバイデン新政権は、トランプ路線を完全にひっくり返した。すなわちカショギ氏殺害事件におけるサルマン皇太子の関与を認定し、サウジアラビアに制裁を課すことまで行ったのである。

 さらにバイデン政権はサウジアラビアが脅威と考えているイランに対して、オバマ時代の核合意に復帰することでイラン制裁を解除する方向性も打ち出している。アメリカのイラン制裁が終了すれば、イランは凍結資産を自由に使えるようになり、また自由に石油を売れるようになることで、経済力を大いに強化できる。これはイランと根深い対立関係にあるサウジアラビアからすれば決して心穏やかな話ではない。

 今回、中国の王毅外相がサウジアラビアを訪問したのは、このタイミングを利用したということだろう。アメリカとの関係が悪化したサウジアラビアに対して中国がすり寄ったのは明らかである。
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中東を歴訪した中国・王毅外相
※写真はイラン訪問時

4つの合意

 この訪問でサウジアラビアと中国は4つの重要な合意に達した。

 1つ目は、両国の戦略的相互信頼の継続的な深化である。この中で、イデオロギーや価値観を口実とした内政干渉に反対することが謳われている。アメリカのバイデン政権は「人権」を盾にして中国への非難も行っているが、サウジアラビアに対する非難も行っている。この環境下でともにアメリカに反対する立場で一致協力しようというわけだ。サルマン皇太子はウイグル、香港、台湾の問題は中国の内政問題であるという中国の主張を認め、この点で中国政府を支持する姿勢を示した。

 2つ目は、中東の安全と安定を維持するための協力である。いまサウジアラビアは隣接するイエメンのフーシ派からの武力攻撃に悩まされている。そしてフーシ派はイランが支援している。そのイランと中国が友好関係にあるという観点からすれば、中国とサウジアラビアが仲良くするのは一見するとおかしな話だ。だが、フーシ派の攻撃を抑制させるために中国がイラン政府に働きかけると王毅外相が語ったのだとすれば、サウジアラビアからすれば歓迎できる。おそらく中国はサウジアラビアに親米色を薄めることを要求し、それを土産としてイランとの交渉に使うと話したのであろう。

 3つ目は、さまざまな分野での実践的な協力を強化するというものだ。中国の一帯一路構想にサウジアラビアが積極的に協力し、中国からサウジアラビアへの投資を大きく受け入れることで、サウジアラビア経済に対する中国の影響力が強化されることになる。また、両国の協力する分野の中にはAIやビッグデータの連携ということが今回新たに加わったが、これはこうした技術を用いてサウジアラビアが国民監視を進めることに、中国が協力するということを含んでいるはずだ。お互い独裁国家として利害が一致しているところが強調されたのだろう。この点でもサウジアラビアはアメリカとは距離を置き、中国に接近する姿勢を見せたことになる。

 4つ目は、「公平」で「公正」な国際秩序の維持だ。ここでも内政への不干渉が謳われている。中国やサウジアラビアの独裁体制について西側から非難されることには、ともに協調して反発しようということである。中国は国連を構成する各国の要人を買収して国連を操っている。中国が「公平」で「公正」な国際秩序の基本に国連中心主義を謳っているのは、国連中心主義になれば中国にとって都合のよいあり方が「正しい」ものとなるからだ。そして中国の主張する「正しい」国際秩序に、西側諸国も従わせようとしていると見るべきだ。そしてこの陣営の中にサウジアラビアがしっかり組み込まれたということになる。

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注目のサウジ動向

バイデン政権=親中派増大機

 こうして見た場合に、「人権」を旗頭にしながらバイデン政権が進めているのは、親中勢力が増大するのを援助しているような話だ。敵を中国に集中すべきときに、バイデン大統領はプーチンを「人殺し」だと認めたことで、ロシアをも中国寄りに動かした。かつてのソ連と比べて遥かに強大ないまの中国を相手にするなら、真っ先に考えるべきは敵国を中国のみに絞り込んで、あとは極力味方に引き入れるようにするのが外交の常道ではないのか。私が疑問に思うのは、このように簡単に理解できそうな構図を、バイデン政権がうっかりミスで見逃したのであろうかということだ。そんなことはないだろう。

 バイデン政権が中国を利する動きに出ている様子は他にもさまざまある。たとえば、2020年の大統領選挙で中国の干渉があったことを否定したし、パンデミックの責任を中国に問う姿勢も見せなかったし、オランダの半導体製造装置メーカーASMLが中国の半導体製造企業のSMICにDUVリソグラフィ装置を売る契約延長を阻止する動きにも出なかった。

 バイデン大統領が息子のハンターを介して中国と太い経済的な関係を築いてきたのはよく知られている。カマラ・ハリス副大統領にしても、夫は中国ビジネスへのアドバイスを行うDLA Piperという国際法律事務所で働く弁護士であり、やはり中国共産党の上層部と太いパイプを築いてきた。DLA Piperの所属弁護士の一人であるErnest Yang氏は、中国人民政治協商会議の常務委員会のメンバーである。DLA Piperは中国政府を顧客としてビジネスを展開していることも忘れるべきではない。こうした中国とのつながりの中で、彼らは利益を得てきただけでなく、さまざまな弱みを中国側に握られていることも容易に想像できる。
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二人はやっぱり中国べったり⁉
 バイデン政権は国内世論を背景に中国と敵対する姿勢を見せないわけにはいかない。言葉の上では厳しい対中姿勢を今後も貫くことになるだろう。だがバイデン政権が言葉通りに中国を積極的に追い詰める役割を実際にも果たしていくと楽観視することは適当ではない。日本政府はさまざまな機会をとらえてバイデン政権に対してプレッシャーを掛けることを怠ってはならない。4月16日に菅総理が訪米し、バイデン大統領との会談に臨むことになっているが、決して甘い対応をしないことを望んでいる。
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朝香 豊(あさか ゆたか)
1964年、愛知県出身。私立東海中学、東海高校を経て、早稲田大学法学部卒。
日本のバブル崩壊とサブプライム危機・リーマンショックを事前に予測、的中させた。
現在は世界に誇れる日本を後の世代に引き渡すために、日本再興計画を立案する「日本再興プランナー」として活動。
日本国内であまり紹介されていないニュースの紹介&分析で評価の高いブログ・「日本再興ニュース」( https://nippon-saikou.com )の運営を中心に、各種SNSからも情報発信を行っている。
近著に『左翼を心の底から懺悔させる本』(取り扱いはアマゾンのみ)。

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